環境DNAの簡単な実験

環境DNAの簡単な実験

1. はじめに

最近の生物調査の業界では,バケツ一杯の水でどのような生物がいるのか分かる環境DNA分析という技術が話題になっています.

https://www.pari.go.jp/PDF/PARIVOL.55.pdf

私たちの研究グループでも,この技術を海で使った場合にどこまで信頼できる結果が得られるのか,もしくは実務に使うならどのように使えばいいのか,といった現場の人たちの疑問に応える指針作りを目指した研究に取り組んでいます.

細川真也・小室隆・大倉翔太・和泉隆夫:フィルターと分析者の違いが沿岸域における魚類の環境DNA網羅的解析の結果にどう影響するか?、港湾空港技術研究所資料、No. 1406,pp29,2023年3月 細川真也・百田恭輔・大倉翔太・小室隆:環境DNAによる沿岸域魚類の網羅的な推定と多様性評価、港湾空港技術研究所資料、No. 1373、pp31、2020年6月 Momota, K., S. Hosokawa, T. Komuro (2022) Small-scale heterogeneity of fish diversity evaluated by environmental DNA analysis in eelgrass beds, Marine Ecology Progress Series, 688: 99-112. https://doi.org/10.3354/meps13994

しかし,かれこれ5年以上の研究に取り組んでいても未だに何が正解なのかよくわからないというのが本音でした. このような疑問を抱いたちょうどいいタイミングで,他機関から環境DNAの調査に関する実習をして欲しいとの依頼があったので,この実習の中で単純化した比較実験を試してみました.


2. 実験方法

何も入っていない精製水,研究所の前の海から採取した海水サンプル,タイ・はまち・ホタテの切り身を粉々にしたものを混ぜた精製水を分析してみました.分析には,魚を検出できるMiFishプライマーを用いました.

タイ,はまち,ホタテの切り身は,研究所の近所にあるスーパーから買ってきた晩酌セットの中に入っていたものです.晩酌セットの中には,いろいろな種類の海鮮がサイコロ状になって入っていました.

このため,タイ,はまち,ホタテの切り身の表面には,他の魚のDNAが付いている可能性がありました.単純化した実験としては,こういった不純物は良くないので,可能な限り,切り身の中の方から身を取り出しました.

もちろん晩酌セットの支払いは自分の財布からです.他の魚のDNAを気にするなら,初めから単品の切り身を買えばよかったじゃないかと言われそうですが,価格がお手頃な晩酌セットを選択せざるを得なかったからです

海水サンプリングの様子

研究所の前で海水サンプリング

精製水と切り身の図

ろ過量は2L.切り身の量は適当.

実習の様子

実習ではろ過の様子を見てもらいました.


3. 結果と考察

分析で検出された魚の種数を示します.さすが,海水サンプルからは沢山の魚が検出されました.めでたし,めでたし.

検出された種数の図

という訳にはいきません.タイ,はまち,ホタテの切り身しか入れていないサンプルからも最低8種の魚が検出されていますし,何も入れていないサンプルからも1種検出されています.

これは困ったと思い,もう少しデータを詳しく見てみました.

DNA相対量の図

?が付いている種名は,今回使った技術ではこれ以上の精度で種を特定できないことを意味しています.

タイの切り身を入れたサンプルからは,マダイのDNAが多く検出され,はまちからはブリのDNAが多く検出されました.はまちはブリの別名ですね.ホタテは貝なので,何も検出されないことを期待していましたが,マダイとブリを含め,計12種が検出されています.

DNA相対量の図

縦軸を対数表示にして見てみると,タイとはまちの切り身サンプルの中にも,本来は検出されて欲しくなかった7種の魚がタイとはまちのDNA量の1/100くらい以下の量で検出されていたことが分かります.これらの魚種は,マグロ,ニジマス,マアジ,カツオ等であり晩酌セットに入っていたかもしれない魚,もしくはスーパーで捌かれていそうな魚です.ホタテの切り身サンプルの中にもタイとはまちで検出された8種に加えて,マイワシやマサバ等の計12種が検出されています.いずれも切り身の中の方から身を取り出したのですが,それでも,他の魚のDNAが混入するのを避けきれなかったのでしょう.

一方,この12種のうち,海水サンプルから検出されたのはブリ(非常にわずか),マアジ,マサバ,不明の4種のみで,精製水サンプルでも「不明」な種以外は全く検出されていません(これくらいのエラーはたまに起きます).いないはずの魚が検出されていないというのも重要なポイントです.


4. まとめ

環境DNA分析は,正解の魚種をしっかりと高い(相対)DNA量で検出し,いないはずの魚は検出しない.

一方,晩酌セットの中に混在していた魚であったりスーパーで捌かれた魚である可能性が高い魚を検出できた感度の高さは,川の下流に位置する海での利用にあたっては実用上の課題にもなります.


2024年4月16日細川執筆